色川大吉「ユーラシア大陸思索行」(中公文庫)読後メモ

 昔、リベラルっぽい学生の間で、色川大吉は「読むべき本」とされていたように思う。逆に高坂正堯は「読まなくていい本」だったような。今思えば、とても未熟な感性・知力だったとは思うが。

 色川は日本近代史の研究者。学徒出陣をした戦中派で、元共産党員。国分寺にある東京経済大学教授を長く務めた、いわゆる「進歩的知識人」。インテリながらフィールドワークに優れ、五日市で憲法草案を掘り起こしたり、「自分史」という言葉に象徴されるように、民衆の視座から近代を見て、現代日本を検証しようとした。という程度のことはだいたい知っていた。同氏の「明治の精神 - 底辺の視座から」(筑摩書房)はまだ本棚に飾ってある。

 しかし、迂闊にもこの人のユーラシア大冒険の話はまったく知らなかった。米国プリンストン大学客員教授の役目を終えた後、ヨーロッパに直行、フォルクスワーゲンのキャンピングカー(1,600cc)を購入して、西ドイツ(当時)、ポルトガル、スペイン、フランス、ベルギー、オランダ、ドイツ、デンマークスウェーデンノルウェーユーゴスラヴィア(当時)、ギリシアブルガリア、トルコ、イラン、アフガニスタンパキスタン、インドを走破したという。旧制二高の山岳部だったというが、運転を代わってもらえる頼もしい仲間も同行したというが、古文書に埋もれて民衆史を発掘しているばかりの学究と思っていたこの人が自称「ユーラシア大陸どさ廻り隊」隊長で、椎名誠もびっくりするような正真正銘の冒険家だったとは!

 この本でも折に触れて書かれるこの人の手厳しい現代日本批判に100%は賛成できないものの、北欧の氷河、中近東の砂漠、ヒマラヤの氷峰の麓にまで行って各地の民衆の生活を体感し、また「どうやらアフガニスタンでチブスにかかっていたらしい」などとつぶやきつつも平然と旅を続けるというのは常人にはできない偉業だと思わざるを得ない。