吉松安弘「東條英機 暗殺の夏」(新潮文庫)読後メモ

 いかにも歴史小説っぽいおどろおどろしい題名とは裏腹に、これは精緻なノンフィクションである。太平洋戦争中の昭和19年(1944年)6月2日から7月23日までの2か月足らずの間、日本の政治を動かす重要人物たちの行動が交錯に交錯を重ねる。

 焦点は、戦争継続一点張りで政策変更が不可能なほど頭も足腰も硬直化してしまった東條内閣の打倒運動である。方法論の一つとして暗殺を計画したグループもあり、宮様も一枚かんでいたという事実も詳述される。

 結局、東條は暗殺されるまでもなく、首相、陸相を辞め、引退することになったが、それは決して一つの秘密工作の結果ではなく、必ずしもそれぞれ正確に連携しているわけでもない非常に多くの人々の動きの結果であったということがよくわかる。

 著者は戦中に少年時代を過ごし、なぜ日本はああだったのかという自分の疑問を解決すべく、夥しい数の資料に目を通したばかりか、当時を知る存命中の人々、その中には海軍軍人たちが秘密の会合をもった料亭の女将さんや仲居さんまでいる、に直接インタビューまでしてこの本をまとめた。この本自体が日本近現代史の資料と言えるだろう。

 蛇足ながら、岡田啓介海軍大将・元首相という人が当時すでに今で言う「後期高齢者」であったにもかかわらず、東條内閣打倒の秘密工作に奔走してあれだけ歩き回ったという事実には驚愕した。