ウォルター・ウェイジャー「マンハッタン殲滅計画」(二見文庫)読後メモ

 昔会社員だったころ、営業課長が課員を集めて言った。「おー、みんな今日の外出予定全部キャンセルしてくれ。地下鉄でテロあって、毒ガスまかれて、若いサラリーマン一人死んじゃった。」亡くなった人は一人ではなかった。多くの負傷者も出し大変な事件となった、オウム真理教地下鉄サリン事件の日(1995年3月20日)の午前中のことだ。

 「マンハッタン殲滅計画」というサスペンス・フィクションはそのオウムの事件の10年も前に書かれ、邦訳版も1986年12月に刊行されている。犯人の組織も動機も違うが、大都市の地下鉄で神経ガスを使った大惨事を引き起こすというところが同じなのだ。

 オウムの事件にしても、このフィクション中の犯人にしても、自分でしていることがどういうことなのかわかっていたはずである。「社会規範から大きく逸脱したことを実行しても自らが信奉する高位の目的のためには許されるのだ」という自己正当化の海に、何らかの原因で溺れてしまったのだろう。そして、どうしたらそういうふうにならないようにできるかという問いには一筋縄では答えられない。

 「ダイ・ハード2」の原作者でもあるウォルター・ウェイジャーの筆致は重くないが、テロ、戦争などについて考えさせられる1冊だった。

 原題:Otto’s Boy

 著者:Walter Wager

 訳者:広瀬順弘